Trip on water

またまた、おなじみダンテビン2005年8月20〜21日 北海道 余市 
余市川

8月20日、札幌で友達のヒロアキ君とサオリちゃんに会い、お家に泊めてもらった。次の日、近場でカヌーで下れる川という事で選んだのが余市川だった。1泊2日で海までコースだ。
21日、車で余市の町まで約2時間位。ニッカウィスキーの工場や宇宙飛行士の毛利さんの生まれた場所として有名な町だ。
スタート地点に着き荷物を下ろすと、タンクに水を入れてくるのを忘れた事に気が付き、近所の農家を訪ねて水をもらってこようと少しだけ車を走らせる。ここがいいかな、なんて考えて「こんにちはーお邪魔しまーす」と元気な声で。すると倉庫らしきところからラジオの音が聞こえてくる、高校野球の生中継だ。
倉庫の中ではおじちゃんとおばちゃんがトマトをコンテナに綺麗につめていた。「水をいただきたいのですが・・・・・」と話しかけると親切に水道の蛇口まで案内してくれた。「ありがとうございます」と水を汲んでいると「トマト持っていくかい?」とおばちゃん。スーパーのビニール袋の特大サイズに思い切りトマトを詰め込んで持たせてくれた。大きなトマトを30個くらい頂いてしまった。そしてトマト食べ放題のトマトツアーが始まった。

左から佳子、ヒロアキくん、サオリちゃん、2人でカヌー

ヒロアキ君とサオリちゃんと僕たち、あわせて4人で1泊の旅だ。簡単にレクチャーをして出発。 初めてのパドリング、慣れないところはさすがヒロアキ君とサオリちゃん、2人のコミュニケーションの上手さでカバー。今日は少し下ったところの河原で野営。明るいうちに夕ご飯の支度。大自然の中、少しのお酒と沢山のトマトで夜まで語り合った。


夕ご飯、朝ごはん
2日目。少し雨がぱらつく中、朝ごはんを食べ、カヌーに荷物を詰め込み出発。ヒロアキ君とサオリちゃんもカヌーが自分が思っている方向へ進むように。「釣りのおじさんムカつく」と佳子。「まだいいほうだよ」と僕。

左、のこぎり大会。右、海まで。

少し進むと、分かれ道があらわれ、釣りのおじさんがいないほうの流れに乗る。すると急に両側の草木が迫ってくるような景色。カヌー1艇分の幅を抜けたり、そしてカヌー1艇分の幅もなかったり。幸い水量が低かったので膝まで浸かって倒木をノコギリで切り、道を開いたり。無事に分かれた川はまた1つの流れになり川幅も広がる。「カヌーで川下りするって、いつもこんな事してるんだ、すごいねぇ」とサオリちゃん。「いや、初めて・・・・」と僕と佳子が口をそろえる。
ゴール予定の余市の町が見えてきたが、すこし通り過ぎて海まで行くことに。川は海へと繋がっている、
当たり前だけれど、実感するとはこの事だ。
トマトと一緒にゴール。無事にゴールした後、余市の町で温泉に入った。その名も宇宙温泉。どんな宇宙が広がっているのかと期待したが、1坪ほどの露天風呂ではクリスマスツリーにかかっている電飾、そして演歌が大音量で流れているそんなお風呂だった。(※注、宇宙飛行士の毛利さんの出身地ということで宇宙温泉。)
最後に余ったトマトを山分けして最後の最後までトマト尽くしの1泊2日。北海道には当たり前の素敵な川が当たり前のように流れている。いつの日かまた北海道に来ようと思った。札幌にはからめの基地もできたことだし、ね、ヒロアキ君、サオリちゃん。  
  (匠)

おなじみダンテビン2005年8月15日 北海道 弟子屈 
釧路川

ついに北海道に来てしまった。そして、念願の釧路川。14日、釧路川沿いでリバーガイドをしている「ガイドステーションわっか」のガッテン達に会いに行った。忙しい時期なのはわかっていたが、釧路川にカヌーまで持ってきてガッテンに会いに行かないという選択肢は考えられなかった。
以前、奥さんのサナエちゃんと長男ミチトも一緒に四万十で何度か会ってはいたが、四万十以外で会うのは初めてだ。少し話して翌日のピックアップをお世話になることになり、僕達は釧路川の源流である屈斜路湖の畔でテントを張った。
朝、弱い日差しで目が覚める、天気は曇り、カヌー日和だ。屈斜路湖の水で顔を洗い歯を磨く。水は思ったほど冷たくはなかった。おにぎりを握ってテントをたたみ出発だ。橋を越えて湖から川へ。水の透明度がとても高い。曇っていてもエメラルドグリーンと藍色の間の色、晴れたら大変だぞこれは。
早速お水合わせの儀式。前回の阿武隈川より使わせてもらっているダンテビン。いくつの水が繋がっているのか、そろそろ数えられなくなってきた。


左、屈斜路湖。真ん中、水合わせ。右、少しだけ青空。
上流部、よけなくてはいけないのが左右から迫る倒木。岩はほとんど無い。水は全てをすり抜けるように流れる。流れを読むのが気持ちいい。小さな蛇行が続き、曲がってみないとわからない流れが次から次へ。先が見えない人生のようで楽しい。そして休みなく続く水の流れ、川の流れを言葉にすればするほど僕の人生を言葉にしているように聞こえて面白い。

左、僕の手が後ろに伸びているのが想像できる写真。右、倒木に囲まれて

倒木に囲まれた水路を抜けるとそこは弟子屈の街を流れる景色に変わる。街を抜けて人影が見えなくなってきた頃、これが釧路川かぁと思わせてくれる多様な自然に満ち溢れた景色。いろんな顔を持っている釧路川。今回は釧路湿原と呼ばれるところまでは漕ぎ入らなかったが、この先にも別の顔の釧路川があるのかと思うと、次に来る時のことを考え始めてしまう、今しか生きていないというのに。
早朝から流れに任せて進んだ距離は40kmを超えたくらい。日が暮れる前にガッテンに迎えに来てもらう。ガッテンが北海道、釧路川を選んだ理由がほんの少しわかった気がした。釧路川を漕ぎぬけてみたい方はガッテンとその仲間達を訪ねてみては。ホントは連れていってあげたいけれど・・・。  
  (匠)


関連サイト: ガイドステーション わっか

スターンは佳子2005年8月8日 福島県 郡山
阿武隈川

僕達の水を運ぶ旅に新しいアイテムが登場。その名もダンテビン。琵琶湖でお世話になった水鳥観察センターの俣野さんに頂いた瓶。
ダンテ・マリオーニという有名なガラス作家が吹いたガラスのビンだ。と、聞いているだけだったので今、この文章を書いている今、インターネットでどんな人なのか調べてみた。(http://www.dantemarioni.com/
んん、彼の頭の中は2匹のカナリヤだ。カナリヤ倍、かなりヤバイ。面白い人が作った瓶が僕達のところにやって来た、嬉しい。僕達のこの瓶の使い方も普通じゃないしね、ちょうどいいのでは。だけど、この瓶はWebサイトで見たようなどこか可愛らしさがあるヘンテコリンなガラス瓶ではなくて言うならば「何の変哲も無い瓶」だ。そしてそれはまさに僕達が求めていたもの。僕達が考える水という考えをを邪魔しない最高の瓶だと思っている。(写真一番下左)

佳子と匠
川沿いに電車が走っているので、今回は下った後、電車で戻ってこようと荷物を少なくしてのスタート。途中、砂の河原にはブルドーザーが入って砂を集めている。何しているんだろうと、浅瀬の砂を一掴みしてみると、何か鉱物が多く含まれている砂のような、しかも金色。「佳子、これ砂金だよ。」とか言ってみる。しかし、この鉱物が何であるかの答えは無い。だから最後まで砂金という事で旅を続ける事ができた。「ってことは、あのブルドーザーたちは砂金ドロボーだ。」って事になり「誰のものでもないのに・・・・・」と深刻な顔をして話をしている僕と佳子。ドン・キホーテ(※注・ダサいディスカウントショップの事ではない。)の話を思い出す。とても素敵な思い込みだ。一生思い込んでいれば嘘とか本当とか関係ない、そんな事なんだろう。
ちょっとした瀬が続き、楽しさを感じる。思ったことはこの川、そんなに水が綺麗ではないってこと。それなのに環境、周りの景色はなんだかいい感じ。だけどどこか殺風景。僕達が下った短い区間に関して言えば人間が川に背を向けているような感じがした。「これで水が綺麗だったらなぁ」と1日に何回口にしたことだろうか。僕達に何かできることはないのかってパドルで水を触りながら考えていた。

写真左に置いてあるのがダンテビン

本宮という駅の近くでゴール。荷物を運び、沖縄の米軍基地の近くの軍物屋さんで買ったカモフラージュネットをカヌーにかけて隠す。無事にゴールしたので、セブンイレブンで発泡酒を買って電車の中で飲んだ。久しぶりの電車は、なんだかウキウキした。 僕達が川下りをしている意味は、僕達だけのための川下りではないって事を電車の中で感じた。 
  (匠)

これはやらざるを得ない。2006年6月27日〜7月1日 滋賀・京都・大阪
琵琶湖〜宇治川〜淀川

日々どんな生活をしていたかはCaravanページ6月〜7月(3日目が消えてしまっているけれど)を見ていただくのが良いいと思う。

「大阪のグリコの前にも川流れてますよね、あそこをカヌーで通りたいなぁ・・・。」「行けるで、あそこの水門、頼んで開けたるわ。」「ホントですか、そういえば、琵琶湖と淀川って繋がっているんですよね。」「そうや、ほな、こっから行ったらええやん、そうしよ、そうしよ、決まりや。」大体こんな会話で始まった4泊5日の琵琶湖と淀川を結ぶ旅。車を移動してくれたり、写真を撮ってくれたり、大阪の街を動かしてくれたりと、沢山の方々のサポートがあってのこの旅。いつもいつも「ありがとう」とカヌーの上で思っていた旅でもあった。

1日目 
6月27日
琵琶湖の湖西にある新旭水鳥観察センターから出発。途中まで水鳥観察センターの俣野さんと村尾さんがカヌーで一緒についてきてくれた。別れ際に湖から1匹の大きなヘビがカヌーに興味があるのか、こっちに近づいてきた。「ヘビはいい知らせだ」と誰に教えられたわけでもない事を勝手に思い2人の旅が始まった。
この日の目的地は約15kmほど漕いだ先にある白髭神社。琵琶湖では水の上に鳥居があることで有名だ。しかし15kmという距離、ここは流れる川ではなく流れの無い湖、ということは当たり前だが漕がなければいけない。かなり疲れるまで漕いだ。途中、鳥が羽ばたくような雲。やっと鳥居が見えてきたぞと思ってから鳥居をくぐるまでに1時間以上。琵琶湖はでっかい。
普段はこれからご飯を作らなければいけないところだが、今日はスペシャルデー。水鳥観察センターの井上さんがウナギを持たせてくれたので、ご飯を炊くだけで豪華うな重だ。2人で雨の中レインウェアを着て「ホントおいしいね」って言いながら食べた。

左から、カヌーに興味を持ったヘビ、鳥に興味を持った雲、雨の中ウナギを食べる佳子

2日目 
6月28日
朝はお参りから始まる。考えてみると僕達が寝かせていただいた浜は鳥居の中だ。白髭神社にお参りをさせていただいた後、鳥居をくぐり2日目スタート。
言うまでも無く今日も漕いだ。ずーっと漕いでいるだけはやっぱりつまらないから時々グターっとしてみたり。湖に浮かぶ目印のためのブイに植物が生えている。こんなふうに地球が緑になっていったのかなぁなんて感じる。
今日は琵琶湖大橋手前の浜まで約17km。ベースキャンプを張ったその浜に村尾さんが訪ねてきてくれて、水鳥の事、そして川エビの事(?)
などなど、とても興味深い話を聞かせてもらった。

左から匠佳子、ブイに生える草、キャンプ地にて佳子と村尾さん

3日目 
6月29日
朝早く出発。琵琶湖大橋を越える。お昼前に琵琶湖博物館に到着。良い機会だと思い入館料を払って入ってみる。日差しから隠れられない湖から、クーラーの効いた最新設備の館内に入ったという理由もあるが、かなりしっかりとした博物館だと感じた。昔の琵琶湖の流通を支えていた丸小船という木造船の展示や、縄文時代までさかのぼる琵琶湖の歴史など、子供にも分かりやすい展示の数々をライフジャケットを着たまま見て回った。
そして博物館の近くでお昼ごはんにパスタを茹でて食べる。
今回、琵琶湖から流れ出る瀬田川の水量が多いため、多くの荷物を運んで下るのは大変だと判断し、明日は宇治川からスタートしようと決めた。ので、今日は瀬田川に入る手前で俣野さんにピックアップしてもらい、一晩、俣野さんの船作り工房にお世話になることに。
そう、俣野さんはウッデンボートとよばれる木の船を作っている。それはカヌーとは違うものだが、昔の図面を現在によみがえらせるような仕事だ(クラシックの演奏者のような感じ)。俣野さんはアメリカの木で船を作る学校に通っていた事がある。そこでは、「何と」と言ったらいいのか「もちろん」と言ったらいいのか、カヌーを作る技術も教えているという。僕は木とキャンバスで作るカヌーのことを考えていた。ずーっと長い間思い描いていた形のカヌーが俣野さんの中から出てきた。目の前に想像していた新しい(古いか?)世界が広がったところでまぶたが重たくなってきたので、そのまま木の匂いに包まれながら眠ってしまった。

左から、琵琶湖大橋佳子、琵琶湖大橋匠、俣野さんの工房、設計図を眺める俣野さんと匠

4日目 
6月30日
朝、宇治駅近くにカヌーを浮かべて漕ぎ出す。するとすぐに平等院十円玉。「まだほとんど進んでいないけれどゆっくりしていこうか」と平等院鳳凰堂を眺めるため、ちゃんと入場料を払って入る。蓮の花が咲き始めている。平等院ハイテク博物館を見た後、茶団子を買って出発し、カヌーの上でお茶会。コップの中はお茶じゃなかったけれど、口の中では茶団子と混ざってお茶割りということになるかな。
少し進むと粘土質の地層がむき出しになっている。キャラバン6月ページにあるようにカヌーの上で粘土をこねる。川の名前が宇治川から淀川に変わって間もなく、今日のベースキャンプ地に到着。佳子は土いじりにはまっている。僕は薪拾い。いつものように、火をおこし、お湯を沸かし、1杯飲んで、お米を研ぐ。そしてフライパンを振りながらご飯を炊く。テントはすでに張ってあるので後はそのまま眠るだけ。「旅」というより「生活」という文字を感じる。今日で4日目だが、その間雨が降らなかった日が無い。今日も例外ではなく降ってきた。テントの中で増水を心配しながら眠りにつく。

左から、蓮佳子、団子佳子、カヌーの上で陶芸、陸の上で陶芸

最終日 
7月1日
朝起きて「どれくらい水が上がったかなぁ」と見てみると、降ったわりには昨日よりも引いている、良かった良かった。最終日スタートだ、大阪の街がだんだん近づいてくる。あとは
キャラバン7月ページに結構書いたのでそちらをご覧あれ。
今回の4泊5日の間、僕が一番感じたのは「みんなが楽しいと思っていること」。楽しい事をやっている間は幸せだ。そして何を楽しいと思うかは人それぞれ違う、それがみんなを余計楽しくさせる要因かな、なんて思ったりも。道頓堀をカヌーで・・・・なんて「んなアホやわ」って言いながら大阪の街で笑ってる。琵琶湖と大阪湾が繋がっているのは地図を見れば分かるし、今までに船で下った事がある人も沢山いるだろう。じゃあ僕達は何のためにこんな事をしているのか?みんなは何のためにそんな事しているのか?君は何のために今、それをやっているのか?誰が喜ぶのか?などなど、答えなんか無いこの世界なのは分かっていても、疑問を持たなければ成長が止まってしまう気がするし・・・・・・
生き続ける事は考え続ける事か。生き続ける事は楽しみ続けることか。僕達はまた次の川へと水を運ぶだろう。   (匠)

左から、水の街大阪、ギャラリーにて、ギャラリーから出発
左から、小さな月、グリコ、大阪ドーム、いつもの水合わせ

旅足川の秘密の浜2006年6月24日 岐阜県 八百津
カヌー雲? 木曽川 旅足川

この雲、大きな帽子をかぶって左のほうへ漕いでいるように見えない?見えなければ話は終わり。この日の朝、ナオキ君の家から見えた空はこんなだった。
お昼ごろ、何とかカヌーを浮かべようと木曽川沿いを車で走る。八百津あたりの木曽川はダムダムダム。少し流れたと思ったらまたダムだ。ほとんど湖のような川なので、川を上る事ができる。カヌーを下ろしたのはやはりダムの近くだった。昨日の昼に出会ったナオキ君と夜に出会ったナオト君とのナオナオと一緒に木曽川から支流の旅足川(たびそくがわ)を上って行く事にした。ナオナオの息もぴったり合って、水の上をスイスイと好きなところへ。旅足川を漕ぎあがって行くと周りを緑に囲まれた「秘密の浜」と名付けたくなるような場所。水の透明度も高くみんなで泳いだり虹を作ったりして僕達は遊んだ。「ビール買ってくればよかった。」
「遊ぶということをみんなに教えてあげなくちゃ」。これで遊びなさいと用意された施設でお金を払って遊ぶのはダサい事だとそろそろ真剣に考えるべき時なのではないだろうか。与えられた中で遊ぶのは僕が小さいとき飼っていたハムスターのハムちゃんでもできた。もっと人間を楽しもう、宇宙の中の太陽系の微妙なバランスを楽しもう、はからめと一緒に!

ペットボトルの中の水は那珂川−青野川−大沼−木曽川。この水、次はどこへ流れるのだろう。  (匠)

カヌー雲 写真右、左からナオキ君、ナオト君、佳子、匠

きんちゃんと佳子2006年6月13日 群馬県 赤城
霧に包まれて、赤木山 大沼

赤木山のふもとにある松村家を訪ねた次の日、赤木山は車で上まで行けるというので行ってみた。もしかしたら小学校の自然教室かなんかで来た事があるかもしれないが覚えていない。修学旅行で京都や日光に行った事があるが、それも「行った」という言葉だけが残っているだけで、何の感動も残っていない。そんな話はどうでもいいか。
赤木神社の駐車場に車を停めてカヌーを浮かべる。今回は、もうすぐペルーに行ってしまうきんちゃんと一緒に大沼という名前の湖をカヌーで漕ぎ進む。ものすごく濃い霧に包まれている大沼。視界は約10m。湖の広さが分からない。実はものすごく狭い水たまりなのかもしれないと思ったりする。1時間ほどカヌーで進んだ湖畔でお昼ご飯。
一瞬霧が晴れ、やはり大きかった湖が目の前に現れるが、またすぐに霧がかぶさる。
はからめ版、水あわせの儀式。ペットボトルに入った青野川の水を大沼に混ぜてそれをまた汲み上げる。これで那珂川−青野川−大沼と繋がった(気持ちになる)。
ずーっと「一緒にカヌーに乗ろうね」と言い続けていたきんちゃんがたまたま実家にいて、しかもペルーへ発つ数日前に僕達がたまたま赤木のふもとを通ってなどなどとってもすばらしいタイミングできんちゃんとカヌーが繋がった。次はティティカカ湖でカヌーに乗ることになるのだろうか。
  (匠)

水あわせ(左)、お昼ごはん(右) 霧が晴れ、太陽が差し込む。

じゅんぺい君のお父さん撮影。2006年5月29日 静岡県 南伊豆
加納より出発、伊豆 青野川

東京アースデイで出会った伊豆で「いしがまや」というピザ屋さんを経営している武重さんを訪ね伊豆へ向かった。武重さんがカヌーを作るプロジェクトを組んだり、廃油で車を走らせるVDF(ベジタブル・ディーゼル・フューエル)を積極的に使い始めているということから興味を持ったのが、訪ねるきっかけだった。
伊豆には、数日間の旅ができるほどの川はないが、カヌーで繋がったこの旅なので一緒にカヌーに乗ろうと近くを流れる青野川にカヌーを浮かべる事にした。はからめの旅が始まり、最初に川下りの
出発地点の地名は加納。昔このあたりに加納神社なるものがあり、カヌーを祀っていたという話もある。カノーにカヌー。英語のカヌーは、ラテン語ではcanoa又はcanowであったという。さらに昔カヌーを作るのに使っていた楠(クスノキ)を御神木にしている神社が、ここ伊豆下田にはいまでも多数あるという。そんなカヌーにまつわる太古からの時間を背負った気持ちになり旅は始った。

青野川

旅の仲間は、「いしがまや」の武重さんと小沢さん、そして、その日の朝に一緒に田植えをさせていただいた横田家のじゅんぺい君、ゆうみちゃん夫妻とその子供なごみちゃんの3人。「いしがまや」の2人はもちろん自分で作ったカヌーで出発。とても綺麗な形のカヌーだ。途中青く茂った桜並木の遊歩道と平行してカヌーを漕いでいると、「早咲きの桜なので2月に満開を迎えるんですよ。どうですかその時期にまた一緒に。」と武重さん。夏には河口に広がる弓ヶ浜で花火大会が行われ、カヌーを浮かべて特等席楽しんだこともあるという。
「水を繋ぐ旅」と称しているこの旅、僕達は気持ちを運ぶために物理的にも水を運んでいる。上の左の写真は前回、旅の予行演習といって下った那珂川で汲んできた水を今回の青野川に注ぎ、また青野川の水を汲み次に下った川へと繋げるといった具合に。ペットボトルでやってるところがダサさを感じるが、旅の途中素敵な入れ物が見つかるだろうと思い込み、無理に探す事はしないようにしている。

弓ヶ浜近くでゴール
河口付近では、潮が満ちてきて川が逆流。しかしなんのその、短時間でみんなのカヌーはまっすぐ進むようになっていて、自分達の力でスイスイ行きたい所へ。
そして無事にゴール。この日は、田植えとカヌー。こんなに内容の濃い1日は僕も初めて。夜は横田家にお世話になり、いろいろな話で盛り上がる。忘れられないのは、すっごく味のある横田家付近の共同浴場。地元の人しか入れないところを特別に入浴させていただき、入った瞬間「うわぁー」って言ってしまう様な、
夢に出てきそうなお風呂場。これだけじゃ想像できないでしょ。自慢で終わらせておこっと。   (匠)

  ピラミッドに敬礼!?
2006年5月8日 那珂川

はからめ.com初ムービーやってみました。何だか訳わからないことやりながらのゆったり旅です。いつか皆さんもご一緒できたらと思います。

詳しくい旅の様子はキャラバンページ5月の7日あたりからご覧ください。

このファイルは、QuickTimeというプレーヤーがあると再生できますよ。

カヌーに乗って水を旅する話2006年4月22,23日 東京都 渋谷区
カヌーに乗って水を旅する話

水の無い会場にカヌーを持ってきて何やってるんだろう・・・と思われた方も少なくないと思う。そう、ただただお話をするためだけに
僕はカヌーを持ってきて座っていた。
「カヌーに乗って水を旅する話」と言ってみたものの、さて、何の話をしたら良いのだろう。もちろん「はからめカヌー」の話ではあるのだが、問題はまだ旅立っていないと言う事だ。「これから〜をしたいと思っているんだ・・・」と、それだけでまだ何もしていない僕が1ブース出しちゃって大丈夫かなぁって少しは思っていた。なにせ、おしゃべりしてこのサイト「はからめ.com」を紹介する以外に何もすること無いのだから。「何とかなるだろう」そんな、いつもと変わらない感じで朝が始まった。いつもの朝と違うのは片手にビール、それだけ。

始まって、人が流れ出すとカヌーの周りに人は集まってきた。そして、いろいろな人と話しているうちに、自分で「僕も、カヌーの事いろいろ知っているんだなぁ」 そんな風に思ってきた。自分でカヌーを持っている人も多かった。話しているうちに共通の知人がいる人もいた。また、子供たちにとってもカヌーは絶好の遊び場だ。シートに座って「何で進まないの?」って言う顔をしている子も何人かいた。もちろん新しい出逢いも、そして、これからも繋がっていったらいいなぁと思える出逢いも。
場所も場所なだけに、古い友人も訪れてくれた。同級生が何やっているとか、どこかへ旅立ったとか、結婚したとかそんな話も。


「カヌーに乗って水を旅する話」の様子

そんな中、僕が嬉しかったのは、「ここはただカヌーの周りで話をしているだけのブースなんだよ」という僕の話を聞いて「こんなのでも人前に出展していいんだぁ、俺も何かやってみよう。」みたいな事を話して自信をつけて立ち去っていった、たぶん恋人同士であろう2人がいた事だ。初めて会った人だったが、僕は、その人のほんの少しだけれど役に立った気がした。カヌーを通して伝えたい事とは直接関係ないけれど、なんだか嬉しかった。


はからめとはこんな形を・・・・そして、みんがなが思っただろうし、僕も思っていること、それはこれからが本番、まだ始まっていないという事だ。今回のアースデイ・カフェで話した事は、言ってみれば誰にでもできる事。「こんな風に思っています」は誰にだって言える。思っていなくたって言えてしまう事。僕もいままでに、お酒とか飲みながらいろいろな人の行動が伴っていない絵空事を嫌というほど聞いてきた。僕はそういう人達と同じようにはなりたくない。どんなにかっこ悪くてもいいからやれるところまでやってみようと決めている。
こんな事言っているけれど、どうなるかは分からないから面白い、未来の僕が決めることだから。この「はからめ.com」や、もしどこかで皆さんに人生の途中報告ができる機会があったら、その時はぜひ優しくしてほしい。(です。)ではまた。   (匠)

鶴見川源流 2005年7月3日 東京都 町田市
鶴見川源流への旅

僕は横浜の鶴見という場所で育った。近くを流れる川は鶴見川といい、つい何年か前は日本で1番汚い川に選ばれた事もある川だ。その後、ワースト1ならそれ以下になる事も無いとふっ切れたのか、ヘドロをくみ出す作業を行なったりと数年前よりは綺麗になったように見える。
そんな僕が育った鶴見川の源流ってどうなっているんだろう?という疑問から、今日は源流点を見に行こうと2人で車に乗って走り始めた。
源流点の場所は東京都町田市、鶴見からそれほど遠くは無い。
途中できるだけ川沿いを走り、「ここからだったら下れるね」とか、そんな話をしながらゆっくりと源流点に向かった。途中川沿いは、広い工場地帯。何を作っているのかは分からない。「工場からの排水、どうなってるんだろうね、気になるよね」といった会話が続いた。
源流点に着くとそこは泉になっていた。泉のところどころが湧いているように見える。「これがあの鶴見川の源流か・・・・・」と考える事は、小さい頃の、川の水を触ったら手を洗っていた事や、町に漂う匂いのことだった。

鶴見川源流 野いちごとか

泉の水をペットボトルに汲み、あたりを散歩。それからベンチに座って朝作ってきたおにぎりを食べた。お茶を飲みゆっくりと。ふと辺りを見回すと、野いちごが沢山実をつけていた。かなり大きな実で美味しかったので2人で採っては食べ、食べては採った。デザート付のお昼ご飯になった。

鶴見川源流 泉のひろば源流点を見に行くと言う事。それは何かを感じて、何かを考えると言う事か。東京の町田市にあるその場所を見ると言う事にはそれ以上のものは無いと思うが、大きな流れになり海に流れ、雲になり、雨になり・・・という水の旅の区切りとなる1部分を感じる事ができるのではないだろうか。
今回の旅は、もちろん鶴見川にとっての源流点を見に行く旅ではあったが、それは僕たちの旅の源流点であったのかもしれない・・・・なんて売れない作家が書きそうなことを思ってしまった。

(匠)

はからめカヌー2007年の様子
はからめカヌー2008年の様子