カヌークラブ朝練2012年7月31日(火)
川開き 灯籠流し

朝4時30分、コーヒーを入れ、朝食を準備して旧北上川の上流へ。カーシェアたけちゃん、地元リクくん、そして会長アッシュとパドリングスタートです。会長から「匠さんいる間にカヌーやりましょう。」とのお誘いに、カヌークラブの朝練を開催しました。
ちょうど一年前、旧北上川の川開きで15000個の灯篭流しのお手伝いをしたのを、ここにいる誰もが思い出しながら、ゆっくりと川を下って行きます。朝の静かな川面には時折魚が飛び跳ねたり、とんびやサギ、鴨がエサを探している穏やかな風景が見られます。
あれから1年が経ちました。たくさんのボランティア団体が一斉に協力し合って灯籠を流すお手伝いをしたのが遠い昔のような気がします。ベースで一緒に活動しているまなみちゃん、昨日も訪ねて来てくれたクロさん、そして一緒にカヌーに乗っているリクくん、カヌークラブの会長となって旧北上川の保全活動に取り組んでいるアッシュ。再び石巻で同じときを過ごすことになりました。今日も暑くなりそうです。 (よ)

監督とヒロコちゃんとマツリ君と、溜まってしまった灯篭日が落ちるか落ちないかといった頃、僕達は川沿いを歩いた。昨年は大勢のボランティアが関わった灯篭流しが、今年は地元石巻の皆さん主体で行なわれる。夜の旧北上川に流れる灯篭を一目見ようと、大勢の方がカメラを片手に川を囲んでいる。メインステージではお坊さん達が慰霊のためのお経を唱えている。灯篭が流され始めると空がそれに合わせて暗くなってくれているようだ。少し向かい風が吹いていたので、うまく下流に向って流れず、一箇所に溜まってしまったりといった場面もあったが、ひとつひとつの灯篭が元のところへと帰っていく姿を見ていると、ひとつひとつの命って小さく燃え尽きるまで一生懸命に・・・・自分の命をそれに合わせて考えてしまう。そんな事どうでもいいのに。
灯篭をヨコ目によし子と歩いていると、「あっ、ヒロコちゃん!」。震災後、僕達が炊き出しを最初に行った湊小学校で出会ったヒロコちゃんと息子のマツリ君。現在は神奈川県横浜市で生活をしている親子だ。ヒロコちゃんは避難所にいるときから映画の取材を受けていて、その映画が完成したのとチラシを見せてくれた。映画のタイトルは「石巻市立湊小学校避難所」と、そのまま。8月から9月にかけて東京新宿のK's chinemaにて上映されるとの事。Webサイトもあるのでぜひチェック。僕たちも知っている湊小学校、みんなにも見てもらいたいし、知ってもらいたい、予告編を見たらそんな気持ちになってしまった。(匠)


関連サイト OPEN JAPAN ・ 映画「石巻市立湊小学校避難所」

サンライスの打ち合わせ風景、かつお2012年7月30日(月)
お片づけヒーリングの効果

勤務先の会社から、OPEN JAPANに事務局サポートとして派遣されていたみどりさんが本日期間満了となり、ベースをあとにしました。昨夜はみんなで送別会をして、一ヶ月間の労をねぎらいました。もちろんご自分の意志でもありますが、こうやって会社をあげて応援してくれるのはありがたいことです。数日東北を回ってから、東京の仕事に戻るとのことです。
入れ替わりで、東京に帰っていた事務局のチセちゃんが戻って来ました。里帰りしていたお茶マスターのフービーも、お茶検定のゴールドマスターとなって戻ってきました。「いってらっしゃい。」「おかえりなさい。」ボランティアベースは常にその繰り返しを日々経験します。かつての絆メンバーにも、また戻って来てほしいなあ、と思っています。
お片づけしたシャワー室、ボイラーが壊れているためお湯が出ないのですが、水は出るのを確認しました。とたんに、みんなシャワーを使い始めました。
夜、地元のリクくんが鰹を差し入れてくれました。「さばけますか?」「……。」「僕、やるよ。」と匠くん。ニンニク、タマネギ、マヨネーズ、醤油で、高知スタイルの鰹のお刺身晩ごはんにしました。新鮮な鰹であら汁も作りました。みんなで一緒に楽しい食卓を囲みました。お片づけヒーリング効果てきめんです。
クーラーのないベース、窓を開け放っているので風通しはいいのですが、大きな悩みがあります。この季節、どこでもそうだとは思いますが、ここも例にもれず蚊がたくさんいます。川沿いなのでなおさら多いのかもしれません。起きているときにはいいのですが、夜眠っているときに耳元でブーンと威嚇してきて、ほぼ毎晩眠れぬ夜を過ごしています。  (よ)


写真撮影:陸ちゃん  関連サイト OPEN JAPAN

台所、シャワー室2012年7月29日(日)
お片づけヒーリング

今日も暑い一日となりました。日曜日の朝はベースのお掃除DAYです。人数がいるので分担して庭の草取りや、使えないからと物置になっているシャワー室も片付けました。
そして気になっている2F食材庫と1Fお茶コーナーの整理をしました。ばらばらになっているものをまとめ、ひと月前から開封されていて明らかに腐敗しているものなど、食品コーナーにあるのに食べられないものたちを処分しました。この季節、ものは腐りやすいし小バエが涌いていて大変でした。毎日いろいろな人が寝泊まりして生活をともにするベースで、食材の管理をする人がいないというこの現状。かつての炊き出し班が来てくれたときには、率先してキッチン周りのお片づけをしてくれているのですが、彼らも毎日いてくれるわけではありません。一日三食となると、気づいた人がやるという良心の法則はここではとても適用不可です。外食する人もいるし、ベース内で食べる人もいるし、日々の食事の人数もよめない状況です。今回は食材整理を頑張ろうと思います。
今回も目的の一つはお片づけヒーリングです。お片づけをすることで、風通しがよくなり、場所のエネルギーが流れ、そこに関わる人のエネルギーも回るようになります。もやもやしている人はすっきりと、イライラしている人は穏やかに、心が癒されるとからだの調子も整ってきます。きれいになったキッチンで新鮮な食材を料理して食べれば、からだも元気になっていきます。
明らかに壊れたものや腐ったものは捨てる、開いている調味料や食材を使い切る、まだ食べられるけれど賞味期限が過ぎているものは率先して食べるか欲しい人にあげる、今日はここまでやってみます。 (よ)


関連サイト OPEN JAPAN

28日朝、ベースの様子2012年7月28日(土)
いしのまき

昨夜福島のはからめランドより、石巻に到着しました。約一月ぶりの石巻です。報告会や、メール、電話のやりとりで、現地に赴かないその分、福島での時間を費やすことにエネルギーを注いでいます。福島での生活は放射能と隣り合わせ、ガイガーカウンターで空間線量や地面の線量を計測し、記録します。計測したところで線量が減る訳ではないのですが、どうすればいいのかを考えながら、あきらめずに、淡々と生活しています。原発災害や放射能による見えない不安とどう向き合うかということから、人生とは何ぞや、という生き方自体を問う日々です。
今日は土曜日なので、OPEN JAPANの朝ミーティングは通常の7時30分よりも30分早い7時から、参加人数はサンライス組が来ているので30人くらいでした。他、本日の活動はスマイルシードの奥松島宮戸の植栽活動、代表の助さんは牡鹿半島大原浜の小学生たちを長野県での子どもキャンプへと引率していき、県外での活動をしています。九州豪雨の支援活動にヒーサーやトム、ロバートたちが行っています。ところ離れて、それぞれにできることをやっています。
放射能測定器、はからめランド水場仮設住宅にお住まいの橋本さんが訪ねてきました。わたしたちが石巻にいるときにはいつも会いに来て、近況報告してくれます。仮設住宅もそんなに風通しがいいわけではないそうですが、外出も暑くて大変そうです。お仕事は暑さのためにしばらくお休みするそうです。「オレみたいな年寄りが死んでるだろ、熱中症で。だから無理しないの、こんな暑いときには。」
暑いので、タープを貸してほしい、と湊地区でフリーマーケットをやっているモデルチームから依頼がありました。その流れで明日の作業をアテンドしてほしいとのことで、匠は現場を見に行きました。震災から1年以上が経っても、これからタンスやら荷物を出して解体する現場があります。事務所でひとり留守番事務作業をしていると、いろいろなことを考えます。これまでのこと、これからのこと。月日の経過とともに人々の生活も変化していき、町の様子も変わっていきます。
ベース内にある放射能測定器で、はからめランドより持参したものを計ります。水、土、そして収穫してきたジャガイモ。計測結果によって、このジャガイモはみんなの貴重な食料となりますが、果たしていかがなものでしょう。 (よ)

チャイナテント、ジャガイモ2012年7月18〜27日
はからめランド

今回はまず、石巻でチャイナテントと呼ばれている災害用テントを張った。建物の建設予定地に電気を引いて電動工具などを雨風に当たらずに置いておく為のテントだ。いまだ僕達はテント生活で、倉庫もテントで、またテント張って・・・・そろそろ何か1つは建物建てろよ・・・・・って自分でも思っている。
そして購入した電動工具(自動かんな、手押しかんな)を組み立てたり。インターネットで何かを購入しても、まだ自分たちの住所が運送会社に認識されていないため、残念ながら簡単は届かない。こちらからイツイツドコドコでマチアワセシテ・・・・そんな感じだ。それも電話が通じる所まで車で行って・・・・とかの作業。とまあ、今の不便さを話しても仕方ないか。
では、今の便利さの話。震災後止まっていた、というか止めていた水道のラインを引きなおして水を開通させた。前回は暫定的に1箇所だけ水が出るようなラインだったが、今回は建設予定地、お風呂場予定地、そして生活地までの3箇所に蛇口を取り付け、それぞれの蛇口までパイプは地中もしくは水中を通した。冬にパイプ内の水が凍らないために水の中を通すのだが、暑い時期にもってこいの作業である。
水、水この水道、もっと早く通せばよかったのにぃ、と思われるかも知れないが、通すかどうか迷っていたのはセシウムが検出されている水だからである。具体的にはセシウム134と137を合わせ7.5ベクレルという数字が出ている。この数字は基準値(日本の飲料水の基準は10ベクレル)よりは低いのだが、僕達は体に入れる水(飲料水)は不検出の水(隣の矢祭町で湧き出る水)を飲んでいる。引いた水は食器を洗ったり、お風呂沸かしたりと飲まない水として使っていこうと考えている。河原で生活するときの川の水と同じ感じでね・・・・・。
さて、機械を使えるようになった、水も通って作業もしやすくなった、そしたら何が起こったか?答えは、ユンボが壊れた。残念、非常に残念。治るものだとは思うのだけれど何だか心配。今は自分で治せる気がしない。まずは人の力でできることからとちょっとした木の加工からスタート。やはり2年間手を付けなかった木は使えるところ使えないところが出てきている。木と話しをしながら、時間がかかっても良い、必要な時間なのだからと、自分と話しをしながら。今まで使えていなかった道具達はなんだか喜んでいる。「やっと俺様の出番が来たぜ。」「そうそう、これは君にしかできない仕事なんだよ。」と機械とも話しをしながら。
お昼はお昼の仕事、夜はパソコン開いて来年のカレンダーをと毎日思っているのだけれど、沢ですごく良い具合で冷やされた最初の1杯が美味しすぎるのが原因か、それはまだ思ったところで止まっている。 (匠)

大勢の前で話をする助さん2012年7月17日 (火)
四谷にて報告会

はからめ暦では中々出てくることのない左の写真。ここは東京四谷、大手建築会社の総会。色々な建築関係の会社の社長ばかりが集まっている中、壇上で話をするのはOPEN JAPAN代表の助さん。被災地の現状、そして自身の生い立ちなども含め、助さん得意の笑いを交えた軽快なトークで、一見硬そうな会場をやわらかく包み込んでいた。
2、3分、助さんに振ってもらい僕も話しをさせてもらったのだが、大勢の人間の前で話すのは、もちろん緊張するし、頭の中が「何話したらいいんだろう・・・」ってなっちゃう。けど、そんな事考えても仕方ないし思っていることそのまま話せばいいか・・・と話しはじめた事が良かったかどうか、僕には分からなかったけれど、「良くこの状況でいきなり振られて話せたね。」と、OPEN JAPANの活動を支援してくださっている建築会社社長に言われて、少しホッとした。いきなりじゃなくて「振るからね」と言われていたのだけれど・・・・・・。
また今日は、僕と同じ世代の人間が、大きな建物を建てたり、人間や大きなお金を動かしたりしているのを感じられたことが、なんだか嬉しかった。いろんな事が得意な人たち、みんなが仲間なんだなぁって、心の底から思ったのは、夜、口から入ったテキーラが心の底までしみ込んで頭と心の底がメキシコの水で繋がったからかな。 (匠)

空撮2012年7月16日 (月)
さようなら原発、17万人が行動に出る。

代々木公園で「さようなら原発10万人集会」が開催されました。原発をなくすために集まったのは17万人。毎週金曜日に首相官邸前での抗議に集まる人もどんどん増加しています。これだけたくさんの人が声をあげているのに、報道されるニュースにほとんど取り上げられない今の現状、どうなっているのでしょう。横浜に帰って来てまず、NHKのニュースを見てがっかりしました。ニュース内に17万人の声を伝えるものは全くありませんでした。夜、テレビ朝日の報道ステーションで古館さんが集会の様子を伝えているのを見て、すこしまともさを感じましたが、情報が操られているという現実をかみしめます。原発を止めてくれと声をあげている人がこんなにいるのに、ほとんど報道されないなんて、このままいったらファシズム日本になりかねない不安を感じます。本当に今、東京(だけじゃないと思いますが、)はすごいことになっています。国民がやめてくれと言っていることを無視しつづけたら、いったいこの国はどうなってしまうのでしょう。誰だって、自分の家の隣に原発があったらいやでしょう。安心できないでしょう。隣じゃなくたって不安でしょう、核は拡散するものですから。
今のわたしたちにできることは、目的を達成するまで決してあきらめずに、声をあげ続けること。人間が原発を作ったのであれば、人間の手で終わらせなければ。終わらせることができないなんてあり得ない、人類がはじめたのであれば、終わらせるのも人類です。
仲間は、福島から仕事を休んで、お店を閉めて、今日の集会に来ています。みんな真剣なんです、仕事よりも、お金よりも、大切なことがここにあります。今止めなければ、誰もがそう感じているのです。福島はもう手遅れかもしれない、けれど、地球の裏側に逃げたって、この世は繋がっているのですから、安住の地はありません。いつまでも逃げ続けることになります。地球を離れる選択しかなくなったら、宇宙船に乗り込むか、肉体を離れ光の世界にいくか、どちらかです。それもそう遠くない未来の話です。今行動を起こさなければ、「さようなら人類」になるかもしれません。
今だったら、血も流さず、投獄もされず、もしかしたら隣の人と仲良くなって、楽しく原発にさようならを告げられます。今年開催されるすべての集会、コンサート、お祭り、イベントで、この問題は大きく取り上げるべきです。それくらい、地球全体に関わる重要問題です。 (よ)


写真撮影:野田雅也(JVJA)

原発を全て無くすための抗議デモ2012年7月13日 (金)
まず新橋、そして有楽町、でも霞ヶ関。

午前中、新橋にてOPENJAPAN代表の助さんこと吉村誠司さんと報告書に関する打ち合わせ。昼食は助さんと被災地支援をしてくださっている方との会食。
昼食後、僕達は2人、有楽町あたりではからめ会議。僕達は時々自分たちの生きる方向をお互い確認するためにはからめ会議っていうのを開いている。有楽町のとあるカフェで手帳を広げ予定を組んだり、このままの方が良いもの、変えた方が良いものなどを話し合う。今日は金曜日、この時間に霞ヶ関近くにいるという現実も面白いよね。「できることは何でもやる」っていう言葉が最近頭から離れない。
僕達は首相官邸前に向って歩き出した。ご存知の方がほとんどだと思うが、毎週金曜日に行われ、毎週規模が膨らんでいるという”原発を止めるための抗議活動”だ。途中人ごみに入る前に出会ったのがサトちゃんとタカシくん夫妻。毎週参加しているというサトちゃんに先週のこと、今週の違い、など色々話しを聞く。国会議事堂前駅の出口は1箇所以外全て封鎖。「こちらが会場です、どうぞ」と警察に誘導され、危険なので歩道からは絶対に出てはいけませんとがっちりガードされている。国会議事堂前の道路の両サイドの歩道に人が押し寄せる事になるが、歩かせられみんな右往左往している様子。人が集まっている場所と、別の集まっている場所の間には、警察の護送車というのかバスみたいな車が何台も縦列しお互いが見えないように壁を作っている。
国会議事堂前「手を出さず、声をあげろ」毎週毎週という長期的な強さを持っての抗議に必要なのは、今日のデモを禁止させられない事だ。分かる分かる。世界中で過去に行われた、そして今でも行われ続けている過激なデモ活動とは反するものであり、決められた場所で決められた時間に、ダメといわれた事は行わずという事を守り、人の数、声、継続的に行うことによって、事の重大さをアピールする方法を取る。分かる分かる。これだけ多くの警察官、その中には原発反対と顔に書いてある人が多くいる。立ち止まり、人が集まってしまうと大きな力になってしまうので、狭い歩道をとにかく歩かせ、1箇所に固まらせないのが警察のやり方。「危ないので立ち止まらないでくださ〜い」と危なくない場所で言わなければいけない。分かる分かる。近所で働いている人は、原発問題などにあまり興味が無く、ただ帰る道が混んでるし、道も封鎖されているからただただ迷惑なだけ。それも分かるよ分かる。みんな何を考え、何を思っているか、非常によくわかる。
デモや署名、祈ったり、たった1人に伝える事、小さな事、意味無いかもしんない・・・・・、だけど今できることを今やる、合っているか間違っているか、そんな事は考えなくてもいいし、答えなんか無い。ただ、今、妥協をせずに理想に向って動く、それしか生きている意味が無いんだよなぁって感じる。
そうそう、今日出会った仲間が言っていた。毎週金曜日に霞ヶ関で行われているデモは、新しいタイプのパーティーだよって。楽しい事が起こるかも、そんな気持ちと一緒に理想の世界を切り開けるかも。みんなも友達連れて金曜夜は国会議事堂前に遊びに行こう。  (匠)

自由気ままに絵本を作ります、アリシアさんもお手伝い2012年7月1日 (日)
リトルイーグル東北キャラバン 3日目

7月1日、今日は宮城県仙台市の秋保(あきう)温泉木の家ロッジにてワークショップ&ライブが行われます。
朝一の石巻にて、日和山の鹿島御児神社、石巻神社に参拝してから、次のライブ地である仙台に向かいました。今日はしとしと雨が降ったりやんだりのお天気です。仙台ツアーはKaoricoさんたちとご縁のある石巻出身現在仙台在住のあっこさんが準備をしてくれました。場所は秋保、渓谷の流れるきれいな水のほとりのロッジです。お母さんと子どもたち約50人が集まった中、Kaoricoさんは素材を自由に使って絵本を作るワークショップを開催し、アリシアさんはリトルイーグルの無垢のTシャツに絵を描いていきます。よしえさんの歌に涙する方々、アリシアのメッセージに耳を傾けるひととき、あっという間に時間は過ぎて行きます。
みんなで歌って踊ります、アリシアさんわたしたちはここで仙台ゆんたの美樹子さんにお会いしました。これまでカレンダーを通してお話したことはあったのですが、お会いするのは今回が初めて。ここで会えるような予感がしていたので、直接お顔を見てお話できてとても嬉しかったです。
リトルイーグル東北キャラバン、毎日が全力投球のスペシャルな日々でした。Kaoricoさんは愛知へ、アリシアさんは千葉へ、よしえさんは陸前高田へ、麻子さんは石巻へ、そしてわたしたちは福島へ。それぞれの道へと旅に出て、またいつか同じ道を旅するときにお会いできることでしょう。今回たくさんの方々に協力していただきました。そして、リトルイーグルツアーのみなさんのお人柄にとても癒されました。この気持ちで東北、日本、世界を感じることが出来たら、きっとこの世は続いていける、そう感じるようなキャラバンでした。 (よ)


関連サイト リトルイーグル ・ アリシア・ベイ・ローレル ・ 海老原よしえ ・ Inoue Ohana
2012年8月<  >6月